INSIGHT
「AIで何かしたい」から始めていい——相談前に、一つの仕事をほどく
何を作るか分からない段階で、AI活用についてどんな相談を始められるか。
「うちでもAIを使いたい。でも、何を頼めばいいのか分からない」
外部へ相談する前に、製品名や作るものまで決めなければならないと思っていませんか。実際には、そこが分からないから相談して構いません。最初に持っていくのはAIの企画書ではなく、毎週くり返している一件の仕事です。
たとえば、見積依頼を受け取ってから、顧客へ金額を返すまで。誰から何を受け取り、どこで確かめ、何を返しているか。この流れが見えれば、AIが役立つ場所だけでなく、今ある表や検索、人の判断を残したほうがよい場所も話せます。
製品名より先に、「困る場面」を一つ選ぶ
「人手を減らしたい」「問い合わせを自動化したい」だけでは、相談先も何を変えるべきか判断できません。一方で、細かな仕様書を作る必要もありません。次のような、仕事が止まる場面を一つ挙げます。
「営業が見積依頼を受けるたび、過去の似た案件を探すのに時間がかかる。値引き条件を経理へ聞き、回答文を作り、責任者の確認を待っている。急ぎの依頼でも半日かかることがある」
ここには、依頼の受け取り、過去案件の検索、条件確認、計算、文章作成、承認という別々の仕事があります。全部をAIへ渡す前に、どこで時間がかかり、どこで間違えると困るかを分けます。
「AIで何を作るか」が決まっていなくても、「どの仕事の、どの待ち時間を変えたいか」は相談できます。
見積もり一件を、受け取りから返事まで並べる
まずは、自分が直近で行った一件を思い出します。理想の手順ではなく、実際に開いたメールや表、確認を待ったところを並べます。前後の工程が分からなければ、その部分を担当する同僚へ聞けば構いません。
| 仕事の場面 | いま行っていること | 変えたいこと | 相談で確かめたいこと |
|---|---|---|---|
| 依頼を受け取る | メールと添付表を開く | 必要項目の転記を減らしたい | 書式の違いをどこまで読めるか |
| 過去案件を探す | 顧客名や品目で検索する | 似た条件を早く見つけたい | 何を「似ている」とするか |
| 価格を決める | 原価、数量、値引き条件を確認する | 計算漏れを減らしたい | 例外値引きを誰が承認するか |
| 返事を作る | 定型文へ条件を書き写す | 下書きの時間を短くしたい | どの表現を人が必ず直すか |
| 顧客へ送る | 責任者が内容を確認する | 確認待ちを見えるようにしたい | 自動送信まで必要か |
右端が空欄でも、初回の相談には持っていけます。推測で埋めないほうが、何を一緒に調べてほしいかが伝わります。ただし、実際に試す前には、扱う情報や承認手順など、その試行に必要な条件を確認します。今は顧客情報をAIへ入れず、項目名と架空の一件で流れを説明できます。
AIが要るかどうかは、仕事の途中で変わる
一つの仕事を並べると、「全部に生成AIが必要ではない」ことが見えてきます。
- 入力項目が決まっている転記は、今使っているサービスの機能で足りるかもしれません。
- 原価と数量から金額を出す部分は、決めた数式やルールのほうが結果を追いやすいことがあります。
- 表現の違う依頼文から条件を拾う、過去の似た案件を探す、返事の下書きを作る部分は、生成AIを試す候補になります。
- 例外値引き、契約条件、顧客へ送る最終判断は、人が担う範囲として残せます。
「AIで作る」ことと、「完成後の仕事をAIに任せる」ことも分けてください。AIに見積表の数式を作らせ、完成後は決まった数式だけで計算するなら、AIを使ったのは作成時です。毎回の依頼をAIが読み、金額案や返信案を変えるなら、運用中にもAIへ仕事の一部を任せています。前者も数式の試験や変更時の確認は残り、後者には入力ごとの結果と人へ戻す条件の確認も要ります。
GoogleのRules of Machine Learning は、機械学習が必須でなければ、まず人の編集や単純な方法を使う選択肢を示し、先に指標と一連の処理を整えるよう勧めています。主に従来の機械学習システムを作る人向けの資料で、生成AIの選定基準そのものではありません。それでも、流行している方式を先に決めず、仕事と測り方から始める考え方は参考になります。
AnthropicのBuilding Effective AI Agents も、LLMを使うアプリケーションでは、必要になるまで複雑さを増やさず、決められた手順をたどる仕組みと、自律的に進める仕組みを分けています。提供企業による開発者向けの実務知見であり、どの会社にもAIエージェントが必要だと示す資料ではありません。
相談先へ渡すのは、仕様書ではなく四つの材料
初回の相談では、次の四つがあれば会話を始められます。
- 困っている仕事:見積依頼から返事まで、似た案件探しに時間がかかる
- 望む変化:探す時間と転記を減らし、責任者が確認すべき箇所を分かりやすくしたい
- 守る条件:価格の確定と顧客への送信は人が行う。実データの扱いは試す前に決める
- まだ分からないこと:既存サービスで足りるか、生成AIを使うならどこか、費用と確認方法は何か
相談文にすると、こうなります。
「見積依頼を受けてから返事をするまでの時間を短くしたいです。特に、過去案件を探すことと、条件の転記に時間がかかっています。価格の確定と顧客への送信は人が行います。今使っている道具で改善できる部分と、生成AIを試す意味がある部分を一緒に整理してください。初回は架空の一件で話したいです」
この文章なら、相談先は製品を売る前に、現行の手順と選択肢を比べられます。見積もりを頼む場合も、業務整理、既存機能の設定、小さな試行、本格的な開発を分けて費用を聞けます。
分からない項目は、準備不足ではなく相談事項です。空欄のまま、誰とどう確かめるかを聞いてください。
「要件を固めてから来てください」と言われたら
相談先によっては、「何を作りたいか決めてから」と言われるかもしれません。その場合は、依頼の前段階を支援できるかを確かめます。
「作るものを決める前に、現在の仕事を整理し、既存の道具で足りる部分と、試作する部分を分ける相談はできますか。その相談の成果物、費用、期間を教えてください」
この確認で、最初の相談と開発契約を分けられます。相談したから購入や発注まで進まなければならないわけではありません。逆に「AIならできます」という返事だけで方式を決めず、何を見れば次へ進めるかを聞きます。
- 現場のどの作業を一緒に見るのか
- 架空の一件で何を確かめられるのか
- 試した結果を誰がどう比べるのか
- うまくいかない場合、何を持ち帰れるのか
- 相談、試行、開発の費用は分かれているか
最初の一歩は、自分が行った一件を並べること
AIの本を読み終えるまで待たなくて構いません。製品比較から始める必要もありません。まずは、自分が最後に行った仕事を一件だけ振り返ってください。
「誰から何を受け取り、何を確かめ、誰へ返したか。途中で時間がかかったのはどこか」
一枚に並べ、時間を減らしたいところと、間違えると困るところに印を付けます。分からない前後の工程だけ同僚へ聞き、社内の支援担当や相談先へ「今ある道具でできること、決まった処理にできること、生成AIを試す部分、人の判断を残す部分を一緒に分けてください」と伝えます。
AIの知識が足りないから相談するのではありません。会社の仕事を知っている人と、実現方法を知る人が、同じ一件を材料に話すために相談します。「AIで何かしたい」は、その会話を始めるには十分な出発点です。