INSIGHT
士業のAI調査——一般論を、その案件に当てはめる前に
AIの一般論が、この案件の事実と適用条件にも合うか。
契約をめぐる相談についてAIへ調査させると、関係しそうな法律、裁判例、解説が整った文章で返ってきた。ところが、相談者が契約した日、通知した日、契約条項、相手方とのやり取りはまだ確認していない。示された裁判例も原文へたどれない。
一般情報が正しくても、依頼案件へ適用できるとは限りません。先に案件の事実と時系列を固定し、AIの回答は原資料を探すための仮説として専門家へ渡します。
調査語を入れる前に、事実表を作る
依頼者の話をそのまま法的な評価語へ変えると、調査の入口から結論が偏ります。まず、当事者、契約や行為、発生日、通知日、手元にある文書、確認できていないことを時系列にします。「解除された」「違法だ」といった評価と、「何月何日に通知を受けた」という事実を分けます。
依頼を受ける人と調査担当は、どの事実を本人の申出として扱い、どれを文書で確認できたかをそろえます。氏名、契約書、相談内容などを外部AIへ入力できるかは、守秘、契約、情報管理の条件を別途確認します。調査に不要な情報は渡しません。
事実が足りない場合、AIに典型例を補わせて案件の事実として混ぜないようにします。不明点は、依頼者へ聞くこと、相手方資料で確認すること、公的資料で調べることへ分けます。
AIの回答を「出典待ちの論点表」へ戻す
AIが示した条文や裁判例は、題名が正しそうでも、そのまま引用しません。法令はe-Gov法令検索 、裁判例は裁判所の裁判例検索 など、公的な原資料で名称、本文、時点を確認します。改正前後の条文や、判決日、裁判所、事件の争点を取り違えていないかも見ます。
原文が見つからないものは削除するか「未確認」とします。見つかった資料も、そこに書かれた判断と、自分の案件への当てはめを分けます。似た言葉があることは、事実関係や成立条件が同じことの証明ではありません。
検索で見つからないことだけを、「その裁判例は存在しない」という結論にも変えません。検索語、対象範囲、確認した場所を残し、必要なら専門家が別の資料へ当たります。根拠に使えないことと、不存在を確認できたことは別です。
調査表には、AIが挙げた論点、確認した原資料、原文の該当箇所、対象時点、案件と異なる事実、残る質問を置きます。依頼者へ渡す結論文を先に作るのではなく、専門家が検討すべき差を見えるようにします。
原文へ到達できない条文・裁判例は根拠にせず、到達できた資料も案件への当てはめと分けて記録します。
例外と成立条件を、専門判断へ渡す
一般論の文章では、複数ある成立条件の一部や例外が省かれることがあります。調査担当は、どの条件を資料で確認し、どれが案件で不明かを示します。資格・権限を持つ専門家は、原資料と事実表を見て、追加調査、依頼者への質問、結論の留保を判断します。
米国NISTが公開する生成AI向けプロファイル は、生成した情報の誤りや根拠確認を含む、組織のリスク管理を支える任意資料です。国外の横断的な文書であり、日本の各資格業務の範囲や依頼案件の適法性を確定しません。ここで示す事実表と論点表は、原資料を専門判断へ渡すための編集上の方法です。
士業ごとに根拠法令、守秘、業務範囲、確認すべき資料は異なります。「士業向け」という一括りで同じ運用を採りません。税務、登記、労務、法務など、実際の依頼と担当資格に応じて、事務所の責任者と情報管理担当が利用範囲を合意します。
法務省の新資料も、個別案件の答えではない
法務省は2026年8月21日、AI等法務業務支援サービスと弁護士法第72条の関係に係る新たなガイドライン を公表しました。2023年のガイドラインを補完・拡充する資料であり、法務業務支援サービスの提供を検討する際には新しい資料を含めて確認する必要があります。
この資料は法務業務支援サービスと弁護士法第72条の関係を扱うもので、すべての士業の調査方法を定める一般ガイドではありません。また、ページの存在だけから、あるサービスや使い方が個別に適法・違法だと結論づけることもできません。具体的なサービス内容、利用者、報酬、業務の実態などをそろえ、必要な専門判断へ渡します。
導入責任者、調査担当、監督する専門家、情報管理担当は、試す案件の種類、入力禁止情報、原文確認、依頼者へ出す前の承認、利用を見直す条件を決めます。調査を速くする範囲は広げても、案件への当てはめと依頼者への回答を確定する権限は曖昧にしません。
案件の事実を先にそろえ、原文の条件と例外を確かめて専門家へ渡す
士業の調査では、一般情報を集める速さと、案件に当てはめる正確さは別の仕事です。AIが作った文章を先に置くと、足りない事実や違う時点が見えにくくなります。
事実表を先に作り、公的な原文へ戻り、成立条件と例外を分け、資格を持つ専門家へ渡す。その順番を守れば、AIを調査の入口に使いながら、依頼案件の結論を推測で埋めずに済みます。