INSIGHT
契約審査にAIを使う前に——自社の基準と原文をつなぐ
AIの指摘を、自社基準と契約原文のどこへ戻せばよいか。
取引先から届いた契約案をAIへ入れると、「危険な条項」と修正案が数分で並んだ。営業には便利でも、そのまま交渉案にすると困る。AIが危険と呼ぶ理由、自社が受け入れられない条件、原文のどこに書かれているかが一つの結論に混ざっているからだ。
契約審査にAIを使うなら、条文を見つける補助、自社基準との照合、個別の法的判断を分ける。AIの評価を専門家の結論へ読み替えず、原文と未確認事項をそのまま渡せる形にする。
AIの「危険」「問題なし」は、自社の取引判断でも、個別案件の適法性に関する結論でもない。
まず契約審査を四つの仕事に分ける
「契約をAIで審査する」では範囲が広すぎる。少なくとも四つに分ける。
- 条項、定義、別紙の該当箇所を探す
- 内容を要約し、自社の審査基準との違いを示す
- 取引の事実と例外を確認し、交渉案を作る
- 受入れ、例外承認、法的判断を確定する
一つ目と二つ目をAIが補助できても、三つ目には価格、提供内容、相手との経緯など契約外の事実が要る。四つ目には会社の権限と、必要に応じた専門家の判断が要る。対象を「国内の定型的な秘密保持契約から、期間・秘密情報の定義・返還条項を探す」のように絞れば、試す範囲と人へ戻す地点が見える。
契約本文を入力する前に、その資料を扱えるサービスかを情報管理・契約の担当へ確認する。利用前には、契約の種類、取引相手、入力できる情報、AIの出力を読む人、確定する人を一枚にする。海外取引、紛争がある案件、非定型の事業提携などを同じ試行へ含めるかは別に判断する。
指摘から原文の前後へ戻れるようにする
要約だけを審査記録に残すと、但書、定義、別条、別紙との関係が落ちても気づきにくい。AIの指摘には、条番号、ページ、見出し、引用箇所を付け、契約原文の前後を確認できるようにする。版が複数あるなら、相手案、自社案、修正版を区別する。
たとえば、相手から修正版が届いた後も、前の版への「確認済み」が画面に残っていては困る。条文が同じに見えても、別紙や定義の変更で意味が変わる場合がある。審査記録を契約一式の版へ結び、差替え時には変更箇所と関連箇所の確認へ戻す。
確認表の一行には、AIの指摘、原文位置、関連する定義・例外、自社基準、取引上の事実、未確認、確認者を置く。「損害賠償が無制限」と要約されても、上限、除外、対象損害、他条との関係を原文で読まなければ、自社が何を受け入れるか決められない。
AIが「問題なし」とした箇所も対象外にしない。欠落した条項、別紙、改定条項、準拠法、ほかの契約との関係など、AIの出力に現れなかった部分を人が確認する。正解例だけでなく、定義を取り違える例や、複数条を一緒に読まないと結論が変わる例を試す。
自社基準と法的判断を同じ色にしない
自社審査基準は、取引方針として受け入れる条件、交渉する条件、例外を承認する人を定めた社内の基準である。法律上許され得る条件でも、自社の提供体制や保険、価格に合わないことがある。反対に、AIが一般論で注意を示した条件を、事実確認の前に一律拒否する必要もない。
AIの赤・黄・緑と、自社の承認区分を同じ意味にしない。営業は取引目的、価格、納期、顧客との約束を示す。事業責任者は許容できる事業条件と代替案を決める。法務は契約原文、自社基準、取引の事実を見て、必要な専門判断を行う。誰も確認できない事項は、交渉案として確定せず保留する。
2024年にNISTが公表したNIST AI 600-1 には、虚偽の出力、情報の取扱い、人とAIの役割、第三者依存、継続的な評価などの論点が整理されている。任意のリスク管理文書であり、日本の契約審査や法律業務の適法性を決めず、個別契約の妥当性も保証しない。ここでは、AI出力と人の判断、外部サービスとの分担を区別する一般的な観点として参照する。
AIの分類は論点を探す印にとどめ、会社の承認と専門家の判断は原文・事実・自社基準から行う。
2026年の法務省ガイドは公表事実と対象を正確に読む
法務省は2026年8月21日、AI等法務業務支援サービス提供と弁護士法第72条の関係に係るガイドライン等 を公表した。公式ページは、ビジネス分野におけるサービス提供と同条の関係について、2023年8月公表のガイドラインを補完・拡充する新たなガイドラインを策定したと説明している。旧版だけを現行の説明として扱わず、新旧の文書と対象を確認する必要がある。
この公表事実だけから、特定の契約審査サービスが適法である、社内利用なら問題がない、特定の機能が弁護士法第72条に該当する・しない、と結論づけることはできない。サービス提供者、利用者、機能、表示、対価、案件の事実などを確認し、最新本文を基に専門家へ相談する。最終的な法解釈や個別事案の判断を、AIの要約やこの記事で代行しない。
専門家へは「このサービスは適法ですか」とだけ聞かず、対象サービス、利用者、契約の種類、AIが行う操作、出力の表示、誰が精査・修正するか、対価関係を示す。自社が提供者なのか利用者なのかも明らかにする。
原文と自社基準をそろえ、判断が必要な論点を法務へ渡す
自分が整理するのは、契約原文の版と該当箇所、AIの指摘、自社基準との違い、取引の事実である。条文の意味や例外を判断できなければ、その点を法務へ渡す。利用部門は事実、法務は基準と専門判断、情報管理とサービス担当は入力・保存の条件を確認する。
会議では、次のように合意できる。
「国内の定型的な秘密保持契約で、定義・期間・返還条項の所在確認に使う。契約本文は承認済みの環境だけへ入力する。AIの指摘は原文位置と自社基準を人が照合し、例外、紛争性、海外要素、交渉案の確定は法務へ戻す。機能・利用者・契約種類を広げる前に、2026年ガイドを含む現行資料と利用実態を再確認する」
利用開始の条件は危険判定が出ることではない。原文へ戻り、社内基準と専門判断へ正しく引き渡せることである。
AIの指摘を契約原文へつなぎ、自社基準と専門家の確認を経て判断する
次にAIの指摘を読むときは、一つの論点を原文の前後へ戻し、自社基準と取引の事実を並べたい。分からない解釈や交渉案は確定せず、法務へ質問として渡す。AIの色分けを結論にせず、自分が確認した事実と専門家に委ねる判断を分けて残す。